教室に入れない、不登校で思うこと。学校の担任は誰でもいいわけではないということ。

2022年、どうぞよろしくお願いいたします。

こんな独り言をつらつら書いているブログに来てくださって恐縮です。
役に立つ情報など全くないけれど、たまにふと見てもらえたらうれしいです。

学校登校

現在空き室登校のむすめ。
今のクラスにはもう入る気はなさそうな気配があります。
言い方が悪いけれど、クラスに見切りをつけたように見える。

ちょっとわたし、怒っています。

担任が完全に受け身。
課外活動などには全く誘われず。

この間遠足がありましたが、前もってどうする?とも聞かれず。
プリントももらえず。

学年のお便りを見て数日前に気づき、聞いてやっと教えてもらった感じ。

どうせ行かないでしょう、という感じなの?
もし行くのであれば、人数が少ない班に入れられて通常の扱い?
こちらが行くと言ったら対応が変わるのかもしれないけれど。

終業式の日。
みんなが帰った後に荷物を取りに行った教室。
むすめの隣の席は、クラスで一番苦手な騒がしく意地悪な発言をする子でした。
不登校になった5月。
苦手な子だと伝えた子。

むすめの隣の席にしたのは、来ないだろうという考えからでしょうか。
わたしと同様席をチェックしていたむすめ。
帰宅時、隣席が分かってもうクラスには行かないと言いました。

どうせ来ないだろうから、そんな子のために準備したくない、と思っているのか。
目の前のクラスの子ども達に精一杯で、こちらには手が回らないのかもしれない。

今の状況で行くなんて言えない。

公立小は先生の質に問題あり

この間ぽつりとむすめが言ったのは、
一年生の時の先生だったら多分クラスに行けていたと。

一年生の担任は、特別でした。

興味を引くような約束ごとの合図があり。
先生がそのポーズをすると、気づいた子から静かになる。

先生が怒鳴らなくても、子供が注目する。
怒る時は、廊下で一対一で諭すように。

子供の心理を理解していて、引き出しがたくさんありました。

二年、三年は本当にがっかりする先生で。
そして極めつけの四年生。
全体に目が届かない。進行するだけで精一杯の担任。
でもそれは当然で。

そもそも新任にクラスを任せる、という体制が間違いだと思います。

副担を数年経験できる時間があれば、もうちょっと違うのではないでしょうか。

二学期の通信簿

空き室登校&オンライン授業で、欠席数は少なくすみました。
テストを受けた四科は、基本真ん中のよいの○。
国算だけ1つずつ左側の大変よいの○がありました。

音楽や体育は全くやっていないので斜線
提出した図工は真ん中の○。

テストの結果を考慮してくれて、国算は大変よいが1つずつあったのかもしれないです。
三年時は体育以外、大変よいの方が多かったけれど。

どんな先生でも大丈夫

どんな先生が担任でも大丈夫、という子がほとんどなのかもしれないですが、
少なくともうちの子はそうではない。
成長していく過程で許容を学んでいくのだと思うんです。
今はまだその時ではなく。
クラスは、人よりいろんなことが見えてしまい、居心地が悪く落ち着かない空間。
むすめの気持ちとしては、そんな中で過ごすのに味方になる大人がいないのは辛いものがあるのだと思います。

経験を積んだ目を配れる、子供の立場になって考えられる、想像力がある先生。
困ったことがあった時に、頼れる先生。
尊敬できるような安心感がある先生ではなくては、今は難しい。

学校関係者には、そういう子もいる、ということを知ってほしいです。

▼クリスマスにむすめにあげた本の一冊。なるほどと思える部分があった、とのこと。